「怒るのがめんどくさい」という気持ち、よくわかる

この前コンビニで、店員に向かって怒鳴っているおじさんを見かけました。

自分のお気に入りのタバコを注文しようとしていたようですが、店員が銘柄を一度で理解できなかったことに腹を立てて、口調を荒立てたのでしょう。

それを見て、

「余裕ないな、この人」

「何を焦ってるんだろうか」

という冷めた感情が出てきました。

そこでふと、

自分が最後に怒ったのはいつだったか?を思い返してみました。

……あれ、何年前だっけ?人の前で怒った記憶が、本当にない気がする。

他の人はもっと頻繁に怒っているのだろうか?怒らないのは自分だけなのかな?

怒ると疲れる

怒りたいと思って怒りを露にする人は、そうはいないと思う。

誰しもが不本意ながら怒りが出てしまい、怒鳴ったりしているはず。

なぜ自分が怒らないのか?を考えてみると、一番の理由は「怒ると疲れてめんどくさいから」ではないかと思いました。

ギャーギャー怒鳴って、相手を屈服させようとした後って、心拍数凄く上がって疲れるはずですよね。短距離走みたいに。

あんな疲れる「怒り」を日常的にできる人の気が知れない。相当な体力の持ち主なのでしょう。

限られた体力を怒りに用いて、無駄遣いはしたくないですね。

そういえば、『嫌われる勇気』の中に「怒りは無意識に・突然出てきたのではなく、相手を屈服させたいという手段のもとで怒りを用いている」的な記述がありました。

読んでいた当時は、「一理あるな~」と思ったものです。面白いですよ。

静かに怒る

怒鳴ったりすることはめったにないのですが、「静かに怒る」であれば日常のどこかで無意識にやっているかもしれない。

「静かに怒る」って具体的に何だろうと思って調べてみると、こんな情報が出てきました。

『普段の性格は穏やかだが、怒らすと非常に怖い人というのがいる。しかしそういう人は怒っていても外見上は分からないことが多く、怒りの原因となった人が見誤ってついつい失礼な態度を加速することになりがちである』

(https://muzinagiku.exblog.jp/17284583/ より引用。)

あと、Twitterで面白いなーと思ったのがこちら。

このツイートは、見ていて「ふふっ」と感じました。個人的に凄い好き。

「ブッ殺す!!」の域まで怒りゲージが到達したことは、たぶん人生で一度もないんじゃないかな。高くても5割くらい。昔から少々の怒りではびくともしない人間で、ずっと「ふふっ」と笑って流していました。

ちょっとイラっとしたとき、

「怒りを表現したいけど、怒鳴るまではしたくないな」

と感じることがあって、そんなときは声のトーンをグッと下げて諭すような口ぶりで喋ってみたりはします。

「あァン!?」って感じに威圧するのはほとんどないかな。

塾講師のバイトでも怒ったことはない

ブログでも何回か書いている、個別塾バイトでの話。

個別塾で学びに来る学生って、勉強が苦手な人もそこそこの割合いるんですよ。なので、与えた宿題を忘れてくるのもそんなに珍しくなかった。

他の先生や塾長の接し方を見てると、怒鳴るとまで行かなくても怒っているのがほとんどでしたね。

「何でやって来なかったの?先週も言ったよね?(ドス強め)」

みたいに。

それを「すげぇ、怒ってる」と横目で見ていた僕はどうしたかというと、怒ることは全くありませんでした。

生徒が宿題を忘れたくらいで激昂していたら、ストレス溜まりまくってしょうがないじゃんと思っていた。

「あ、やってこなかったんだ。了解。じゃあどうするの?」と逆に問いかける。

敢えて怒りを見せずに淡々と接していたら、僕が担当する生徒の宿題忘れはめっきり減るようになっていました。

「宿題忘れた」は一種のかまってアピールだったのかな、と思いましたね。

怒らないのは他人に期待していないから?

生徒が宿題をやってこなくても、怒る気にはならなかった。忘れ物をしても、分かるはずの問題を分かりませんと言っても、全く怒る気にはならなかった。

あまりにも淡々としすぎて、「塾講師失格だろ」と感じる人もいるかもしれませんが、僕はずっとこんな感じでした。

怒らない理由を分析してみたら、「生徒に期待していないから」じゃないかなぁという結論に達しました。

このツイートの①に該当するのでしょうか。

怒りは全く生まれず、「まぁ中学生だし、忘れるだろ」「分からないなら、また教えればいいか」と極めて冷静な感情ばかりが心の中にはありました。

冷たい言い方をすれば、生徒に一切期待していなかった。

教えている以上は成績を上げて欲しいと思ってるけど、別に失敗してもらっても構わない。

志望校受かったりして「先生ありがとう!」と言ってくれたらそりゃ嬉しいけど、
授業終わったら後は自分で頑張るだけなんだから、「何としてでも受かってくれ……!」とは全く思わない。

「おー受かったか。良かった良かった」
「不合格か。そっか、残念だったな」

合格発表翌日の塾で生徒と会ったとき、リアルにこう言ってました。

もし「何としてでも成績を上げねば!」という熱意に燃えていたら、こんな反応はしなかったでしょうね。生徒に思い切り期待もかけるし、宿題忘れたら怒ると思う。

塾のバイトに限らず、自分が怒らない理由は「他人に期待をしていないから」に集約されるのではないかと思います。

怒るとめんどくさいので受け流す

相手が意図しているか否かに関わらず、こちらの気を損ねるような失礼な言動をしてきたら?

とりあえず受け流します。

もし「は?」と条件反射で返答したら、場合によっては喧嘩になるでしょう。
別の場合によっては、相手が素直に誤ってくることもあるでしょう。

どちらにしろ、何だかめんどくさいと思ってしまうのです。

怒りを以て反応して、喧嘩なんてことになったらエネルギー消費がとんでもないことになるし、
相手が平謝りしてきても、こちらはそんなに気持ち良くない。

どちらもめんどくさいんですよね。

であれば、「ふーん」「へぇ」と受け流すのが自分にとってはベターだったりする。

「お前の親クソだよな」とか言われたらさすがに立ち上がりますが、そこまで失礼な相手に出会うのはそうそうないでしょう。

大体の会話でのイライラは、受け流せるレベルです。

「あの人は本気で怒ると怖い」と思ってもらえるとラッキー

大学や仕事、趣味のコミュニティなどさまざまな場で、「怒り」は突然やってくると思うのです。

怒りを全く見せないと、つけあがってくる人間も確かにいるかもしれない。

もしあなたが指導者の立場ならば、場合によっては怒りを活用することも指導の上で大切かもしれない。

しかし自分に置き換えて考えてみると、どんな状況でも「怒っている」自分がちょっと想像できない。
それくらい、自分はこれまでの人生で怒ってこなかった。

後輩・同級生・先輩・家族、いずれにも怒った記憶がないくらいに思えてくる。怒るのがめんどくさいどころか、苦手になっているのかもしれません。

なので、イライラ言動は敢えて受け流しまくって、
「あいつは本気で怒らせない方がいいぞ」的なキャラ構築をこれからは狙って行こうと思います。

その方がストレス溜まらなそうなので。

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